中途で入社して5年間、怒涛の奔走期間が今の自分を作った。請負現場のリーダー、副責任者、責任者、派遣営業担当、前職までにやったことのない仕事ばかりを、毎日変化する環境で手に入れていかなくてはならない。
上司から究極のOJTを受け、様々なことにアンテナを立て、得られるものすべてを吸収した。
辛く厳しいこの時期のおかげで営業活動においてはもう何事にも動じなくなった。
上司となって部下に教えることは、同じ辛さを経験しろということではない。自分が実際に5年間の経験のなかで得た結果を出す方法。
やった者しか教えられないことがあるから。
現場リーダーとして採用され、配属現場の選択肢は二つ。直感で選んだ一つの現場。責任者だった近藤執行役員との出会いが人生を大きく変えるスタートとなった。
副現場責任者へキャリアが上がり、年上のスタッフを束ね、組織を管理する仕事へ。近藤による究極のOJTは本当に厳しかったが、「相談できる上司がいる」ことはとても幸せなことだった。
だがこの年、入社して最初で最大の転機。突然近藤が別の現場責任者として移籍し、同時に自分は急遽現場責任者に。「全力でやってダメだったら電話して来い」と一言残されて…
上司の傘がなくなった途端、顧客との折衝もスタッフ管理も本当に厳しく大変だった。自分がやるしかない。「近藤がここに呼ばれてしまう状況は何があっても作らない」その一心で。
リーマンショック直後でも新規営業活動をする為、再び近藤の下で派遣営業担当となった。見様見真似でテレアポし、営業トークも丸暗記。実際顧客と話せばいつも汗ばかり。そんなスタートだったが、ここでも近藤による究極のOJTは炸裂。こうと言われた事をすべて実行した結果、更に一段階強くなった。
経営・営業戦略プロジェクトが立ち上がり、メンバーの一員となる。ここで生まれるミッションには率先して手を挙げ、実績を作った。翌年、営業課主任となる。
副社長にはなっているでしょう!きっとその頃には愛知の中で製造派遣・製造請負では知らない人はいないくらいの会社にエス・エスはなっているだろうから、きっと新しい分野を事業開拓し始めているんじゃないかな。
とにかくしゃべれ。大きな声を出せ。――これが最初の上司からの教えだった。それくらい口数少ない自分が営業担当者になった。しゃべりだけじゃなく、いろんな面において要領が悪く、書類作成やデータ管理も、人より倍時間がかかった。でも担当するお客様オーダーに応えるのは自分。担当する現場スタッフを守るのも自分。誰かより「出来ない」「遅い」なんて考える暇がなかった。脇目も振れなかったからこそ、気づいたら上司を根負けさせるほど想いをぶつけるようになっていた。「それでいいよ」そうやって認めてもらえる環境が知らぬ間に自分を成長させてくれた。
請負現場の作業研修を経て、現場リーダーへとキャリアアップ。短期間にどんどん任される仕事が増える。リーダーになった途端、別の現場責任者が就任された。仕事に厳しい新たな責任者(板津課長)になった矢先、ボッコボコに叩きのめされた(仕事に向き合う姿勢を一から教えられる)。
新規取引先の立ち上げメンバーとして長野県の現場へ。現場を立ち上げる楽しさと難しさを知り、嫌いになりかけた製造が面白くなった。面白く仕掛けてくれた上司との時間は今につながる貴重な体験だった。
本社に戻り、入社当時の研修先と違う別の請負現場の責任者を任される。「責任者」と付くだけでプレッシャーは半端なかった。当時の現場スタッフには本当に助けられた。初めてお客様に「ありがとう」と言われたのもこの年。そして、ようやく請負現場責任者の仕事がわかり始めた時、突然派遣営業担当者を任されることになった。認められている嬉しさと、請負・派遣の両事業を営業担当する大きな不安が入り混じっていた年。
請負事業と派遣事業の担当をして2年が過ぎる。ニーズの違いに戸惑う日々だが、辛いなんて考える暇はない。現担当地区で誰よりも活発に営業活動している自負がある。ライバルはいる。でも、制するのは自分だ。
営業課課長というキャリアを目指すことだけです。
人材サービスっていう仕事がなんかかっこよく見えた。この会社ならすぐにのし上がれそうだと勝手に思った。入社すれば「なんとかなる」と勢いで入社を決めた。実際に入社してみると「全て自分の勘違い」。かっこつけられるところなんてほとんどない。ただ攻める続けることを課せられた。簡単にはのし上がれない。足りないものは自分で補わなければ「なんとかなる」わけがなかった。でも、「全て自分の勘違い」が自分にとって最高だった。「こうしたい」と思えば、やれる自由がある。だからもっと攻めようと思えるし、攻めたら結果が出た。最初はよくわからずキツかった。今は結構面白くなってきた。
入社後3か月、新規取引先の立ち上げメンバーとして長野県へ。上司・先輩と共に同じ場所に住み、同じ釜の飯を食う生活。とにかく自分の怠け癖を徹底的に教育された。終わるころには、掃除にも情熱を燃やせるほどに。
立ち上げ現場から戻った直後、顧客の中で一番厳しい評価の現場へ改善対策として現場作業スタッフとして配属される。製造業の厳しさを一番身に染みた期間だった。
現在担当地区の営業担当を本格的に任され、とにかく上司にムチを打たれながらも指示通りに仕事をしまくった。やればやるほど、着実に結果が出る。少し天狗になってたかもしれない。しっかり見抜かれ上司にガツンと叱られる。実はこの出来事が一番きつかった。気合を入れなおし、翌新年を迎える。
攻めるスタイルは変えず、それでいて正しい営業担当者にならないとヤバイと感じる。自己管理できる営業担当者とイメージを固める。シンプルに「あるべき姿」を目指す年にする!そして勝手に後輩を迎え入れる準備を整えています(笑)
現担当地区を制す!!いま自分が担当する営業エリアはまだまだ攻められる。まずここでシェアNo1になって、この地区を制す!!そしたら次はあの地区を攻める(秘)
私たちエス・エス産業は
「企業活動を通して地域に貢献する」という経営理念のもと
強固なチームワークで「人と企業を結ぶ」人材サービスを生業としています。
社風を一言で言うなれば
チャンスの多さと、それに挑戦できる風土。
新しいことには積極的に挑戦し、長所をどんどん伸ばしてほしい。
自慢できる人間力豊かな社員が多いのは、
そんな環境だからだと信じています。
エス・エス産業で必要なものはたった1つ。
それは強く熱い野望。
その野望達成のために「考え」「悩み」「行動」出来る人を待っています
もちろん自分で解決できない壁にぶち当たったとは
私たちが全力でバックアップしますのでご安心を。
あなたが、のしあがるための階段は既に準備してあります。
人との出会いに始まり、人と熱く接し、現場を知り、
スキルを身につけ、結果にこだわり続ける。
そんなエス・エスの意志を「あなた」に受け継いで頂ければと思います。
エス・エス産業では、3つの人材サービス事業を展開中。
目指すのは「愛知県No.1の人材サービス」!
即戦力となる人材を派遣するサービス。
お客様のニーズ・求職者のニーズをマッチングさせ、双方に喜ばれる最適な組み合わせとなるように、日々考えぬいています。
求職者を企業に紹介し、社員として直接雇用して頂くサービス。
企業が人材を集めづらい時期に、多数の人材確保ができることから、多くの採用担当者に喜んで頂いています。
クライアント(企業)の代わりとなり成果物を収めるサービス。
採用から人材育成、生産管理まで全て自社で行うことで、クライアントのコスト削減に貢献します。
職種 | ①営業 ②総務 ③経理 |
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勤務地 転勤なし! |
愛知県小牧市 愛知県豊田市 |
勤務時間 | 定時時間 8:30~17:30 |
採用ステップ | 【説明会】→【応募】→【部長面接】→【部長面接2】→内定! |
給与 | 【派遣営業担当者】月給20万円以上 【総務・経理事務】月給18万円以上 ※上記は未経験者の最低給与額です。 ※経験、能力を考慮、優遇します |
諸手当 | 交通費支給(当社規定あり) |
昇給 | 有 |
賞与 | 年2回(業績に応じて支給) |
休日休暇 | 隔週休2日制(土日)会社カレンダーあり、GW、 夏季、年末年始、慶弔、年次有給休暇 ※年間休日105日 |
待遇・ その他福利厚生 |
年定期健康診断、社員寮完備、会員制リゾートホテルの利用可(有料)、車通勤OK |
保険 | 社会保険完備 |